国民新党代表 綿貫民輔
日頃は私どもの政策・活動に特段のご理解とご支持を賜り、また、昨年9月の衆院総選挙では多大なご支援をいただき、あらためて感謝申し上げたい。急ごしらえの新党であったにもかかわらず、4つの比例ブロックで合計120万もの票を頂戴した。皆様のご支援をますます重く受け止め、今後とも国会の内外で積極的に政治活動を展開する覚悟である。
私どもの国民新党は、郵政改革に反対した「抵抗勢力」の集団として扱われてきた。確かに理不尽な郵政法案に堂々と異議を唱え、反対票を投じたのが出発点である。なぜ公社のままではいけないのか、なぜ民営化を急ぐ必要があるのか、外国資本の参入を本当に阻止できるのか、さらに地方の郵便局を存続させられるのか、といった重要な疑問に小泉内閣は希望的観測と詭弁を並べるだけであった。
にもかかわらず、自民党内においても、また国会においても、議論は途中で打ち切られ、見切り発車してしまった。私どもは法案の中身においても、また手続きにおいても重大な欠陥があると確信し、反対票を投じた。党執行部の恫喝に動揺し、あるいは屈して賛成に回った議員とは対照的に、初志を貫き、二度にわたって反対票を投じたことに、私自身、一人の政治家として、今でも満足感と清々しさを感じている。
かつての自民党であれば、より議論が尽くされたし、仮に賛成票を投じなくても、採決の後はラグビーでいう「ノーサイド」となった。たとえ内閣不信任案の採決に欠席しても、その後、大手を振って党内を闊歩する者も珍しくなかったし、現在の執行部にもそうした輩がいる。だが、郵政法案に反対した者には公認が与えられなかっただけなく、マスコミ受けのする「刺客」が次々と放たれ、劇場政治に油が注がれた。
郵政法案に反対票を投じたことは、われわれの原点である。だが、非公認と刺客騒動によって窮地に追い込まれた同志たちを助ける、そして力を合わせるためには、新党結成に踏み切る必要があった。無所属候補では政見放送や法定ビラ、法定ハガキなどの面で大きなハンディも背負う。
劇場政治が奏功した結果、総選挙で自民党は大勝し、その後の特別国会で郵政法案が可決・成立してしまったことはご承知の通りである。残念ながら、民営化路線を覆すことは、もはや実質的に不可能だといわざるを得ない。しかし、私どもの責任として、郵政事業が実際に民営化されるまで、さらには民営化されてからも、国会の内外で政府答弁との齟齬や矛盾を厳しく追及していく。
確かに郵政法案は内容と手続きの両方において、大きな問題を孕んでいた。首相の思い入れと側近・学者の思い込みだけが先行し、国民の視点に立った自由な議論とルールは完全に蹂躙された。だが、それは郵政改革についてだけではない。私どもは郵政改革から透けて見えた小泉自民党の政治姿勢と政治手法に、激しい憤りと不安、そして議会制民主主義に対する凄まじい挑戦を感じとり、危機感を抱いた。
小泉自民党が圧勝したため、改革の名のもと、その後も欧米型の競争原理や合理主義、経済至上主義が推し進められ、拍車がかけられている。逆に共生といった日本的な価値観や伝統は拭い捨てられている。大都市や富裕層、外国資本の優遇、地方と社会的弱者の切り捨ては、決して郵政改革だけに見られる政治姿勢ではない。まさに一事が万事の喩えのように、小泉首相は「小さな政府」を標榜しながら、結局は格差拡大社会をもたらしている。
私が自民党を離党し、国民新党を結成したとき、小泉首相は「あれほど仲が良かったのに…。政治は非情なものだ」と漏らしたという。しかし、非情なのは、小泉首相の政治姿勢そのものである。理と情、競争と共生の原理がそれぞれ車の両輪となって政治は成り立つ。故小渕恵三先生は「富国有徳」として表現されたし、戦後の日本は、まさにこれらが上手く噛み合って発展してきた。だが、現政権は共生を重んじる価値観に「抵抗勢力」のレッテルを貼り、悪の権化に位置づける。
強権的な政治手法についても、然りである。三位一体改革や政府系金融機関の統廃合、さらには予算編成も、「鶴の一声」で決められた。民主主義はいわば「手間ひまの政治」に他ならない。議論を尽くし、合意を得る努力を重ねることこそ基本だが、郵政改革の際の強権政治を目の当たりにしたためか、自民党内には異論を差し挟む空気は皆無になっている。これでは近隣の独裁国家を揶揄できまい。
恐怖政治にも似た一連の政治手法は、戦前の翼賛政治を彷彿とさせる。自由な議論は封じ込められ、異論や反対論が敵視される風潮は、民主主義から程遠い。参議院で法案が否決されたからといって衆議院を解散し、反対票を投じた者を追い落とそうとすることも、常軌を逸している。歴史は繰り返すというが、昨今の政治をみると、この言葉の信憑性が高まる。
本来、政権の暴走を食い止めるのは、野党の責務である。だが、民主党などは「改革競争」に加わると意気込んでいる。これでは「ぬくもりのある政治」、「やさしい政治」は確実に葬り去られていく。議会制民主主義も、累卵の危機に瀕する。だからこそ、真の自由主義と民主主義を守り、国民本位の政治を訴える保守政党があってもいい。いや、なければならないとの思いに駆られ、われわれは小世帯ながらも全力を尽くしていく。これからも大きなご支援をお願い申し上げたい。
【月刊『逓信 耀』2006年2月号に寄稿】