申し入れ事項
T) 国家基本政策
1. 「憲法改正」にあたっては、わが国の拠って来たる歴史と文化・伝統、国民の誇りである共生と協調の精神風土を、前文に高らかに謳うべきである。そうでなければ、わが国が国民の総意に基づいて「自ら制定する新憲法」であることの意味を空しくしよう。
憲法が国民の創意に基づく基本法であり、また、国民の義務と権利を規定するものであることに鑑みれば、一部有識者に留まらず、広く万機公論に決すべきものである。
2. 総理の「解散権」については、七条、六十九条を根拠とすること自体、従来から憲法違反との異議もある。また、解散の決定権がいずれに存するかは、国権の骨格に関わる重大事であり、安易に総理の権限とすることは議院内閣制と抵触する恐れも強い。
解散権は、わが国の議会制民主主義の存立基盤と密接に関連する重大事であるだけでなく、九条の改正と合わせて考えると、わが国と世界の平和を脅かす懸念さえあり、これを杞憂に終わらせるためにも、憲法改正の最重要課題のひとつとして扱うべきである。
3. 「自衛隊」を憲法上あいまいな存在のまま放置してきたことが、逆にわが国の平和を希求する国家の決意を不鮮明で不安定と誤解させている。「自衛官」が名誉と誇りを持ち、責任をもってその任務を遂行できるよう専守防衛の軍隊として憲法に明記し、あわせて「防衛庁」を「省」として位置づけるべきである。
わが国が独立国家である以上、自ら国民を護り国を守ることは当然の責務である。紛争解決の手段としての武力の行使と交戦権を放棄することは、絶対不変の国家の決意であることを再確認すると共に、あまりにも無力な外交戦略の立て直しを図るべきである。
米国は重要な同盟国ではあるが、一国に偏した外交は、対等な関係の維持が困難であるだけでなく、国家戦略としてリスクが大き過ぎる。安易な米国追随、イラクへの派兵は中東との友好関係を少なからず毀損した。できるだけ速やかに撤退すべきである。また、アジアの近隣諸国との友好関係の修復は、安全保障理事会の常任理事国となることよりも、ずっと重要で効果的な外交戦略である。
4. 皇室典範の改正は、天皇がわが国の統合の象徴であるだけでなく、わが国の歴史と文化・伝統の象徴でもあることに留意し、慎重な対応であるべきである。
皇室典範に限らず、一部の有識者の意見で重要事項を決めるやり方は早急に改めるべきである。国民の代表である国会議員が、国家の重要案件について実質的に決定権を持たない現状は、国民主権、民主主義の根幹を危うくする。
5. 沖縄の米軍普天間基地の返還問題は、沖縄県民はもとより国民の声を重視すべきである。まして、自衛隊座間基地に米軍第一軍団の司令部を置くなどは同盟関係を大きく逸脱しており、すぐさま撤回すべきである。
日本が独立国である以上、他国の軍隊の軍団司令部を自国の軍隊内におくべきではない。外交戦略上、あまりにも無謀である。また、首都圏である座間、隣接する横須賀に米軍の重要拠点を置くことは、テロの可能性を考えても、そのリスクはあまりにも大きい。
6. 衆議院議員選挙の小選挙区制は、中選挙区制に戻すべきである。
小選挙区制は、小党の存立を困難にし、また新人に不利である故に政治の透明性を失いがちである。何よりも、民意を反映しない選挙制度であることが、重大問題である。政権交代が起こりやすいとの期待もあったが、一方で、一党独裁が継続しやすい制度でもある。弊害の方が大きいと明らかになった以上、改正を急ぐべきである。
U) 経済政策など
1. 定率減税の廃止など「増税」は時期尚早であるだけでなく、逆に財政再建を妨げる。財政支出による景気回復によって、「増税なき税収増」を図るべきである。
輸出増による一時的な景気回復はすでに終わり、いまだゼロ金利とデフレを解消できない状況での増税は、景気悪化による税収減を招き、逆に財政赤字を拡大する可能性が高い。輸出増という需要増が、景気改善と税収増をもたらした事実に鑑みても、財政再建のために必要なのは増税ではなく、景気対策による税収増であることは明白である。
2. たとえ福祉目的であっても、今「消費税」を増税すべきではない。「年金財政」の危機は自明とされているが、実は公的年金は大幅な黒字である。年金改革の大前提であるにもかかわらず、年金財政の危機を示すデータはなんら公表されていない。まずは、危機を証明する「情報開示」を強く求めたい。
年金財政の危機は、少子高齢化による将来不安が強調されるだけで、客観的な数値データは公表されていない。積立金が原則無用である賦課方式の公的年金で、巨額の積立金が存在すること自体、「年金財政は巨額の黒字」であることの証明である。しかも、共済年金の積立金、厚生年金の代行部分が加算されないなど、積立金は過少申告されており、きわめて不透明である。
3. わが国の道路整備は、他の先進国に比しても、防災の観点からも、きわめて不十分である。今こそ道路整備を急ぐべきであり、「道路特定財源」の一般化には賛成できない。
そもそも道路は経済採算だけで適否を決定すべきではない。道路をはじめ社会資本は、国民生活と生命を守る役割を担っているからである。低金利、低地価の今こそ低コストで社会資本を整備する絶好のチャンスであるのに、大災害の頻発する中で逆に縮小しているのは、財政再建のために国民の生命・生活を犠牲にするものであり、本末転倒である。しかも、必要な事業を厳選し効率的に拡大することは、経済を活?性化し、税収増による財政改善をも期待できる。
4. 現状での「歳出削減」は、需要減少によるデフレ効果が懸念される。まして、「医療費」の自己負担増など社会保障費の削減は、憲法が保障する健康で文化的な生活を脅かす。これ以上の国民負担の増加は、わが国が世界に誇る国民皆保険制度を破壊する。
デフレ不況下で、これまで再三にわたり社会保障費の削減、国民負担増が実施されてきた。国民は無駄の排除は求めても、必要な行政サービスまで削減せよとは言っていない。国民が求めているのは「効率的な政府」であって「小さな政府」ではない
5. 「義務教育」の経費負担も、生活保護費と同様に国の義務である。三位一体の改革は、本来のテーマである国と地方の役割分担の問題を閑却し、国から地方への歳出削減、負担転嫁に終始している。これは、分権改革を標榜した国の責任放棄でしかない。とりわけ教育は国家の基盤であり、わが国の将来に強い懸念を禁じえない。
本来、義務的経費は全面的に国が負担すべきものである。その上で、地方の独自性をどこまで認めるかという権限の委譲を論ずべき分権改革が、いつの間にか財政負担に問題が転化され、経費分担の議論に終始している。しかも、分権の名の下に、地方の財政負担は増加しており、結果的に地方行政サービスの低下は必然である。一方、国の行政責任はきわめて曖昧にされ、教育だけでなく、わが国の将来に関わる国家運営、行政の基盤を崩壊させるものである。
6. 「公務員の削減」も、どのような行政サービスが必要かを論じることなく、あたかも削減することが行政の効率化であるかのような議論は、問題の本質を誤っている。
公務員のモラルの問題、行政非効率の「質」の問題が、ここでも「量」の問題に転化された。とりわけ警察、消防、児童相談所などをはじめ地方公務員の不足は深刻である。こうした現状をなんら考慮することなく、5年間で5%純減の目標を設定することは、これも国民のための改革というより、歳出削減だけが目的と疑わせる。
7. 「政策金融機関」の統合は、それぞれの機能を無視した議論であるだけでなく、不況の中で借り手、とりわけ中小企業に無用な痛手を与える結果となる。天下りの問題は別途解決可能であり、問題と解決手段の乖離がここでも生じている。
政策金融機関は、それぞれの役割を有しており、すでに役割を終えたものがあるにしろ、不況の中で安易に統合を急ぐことは、借り手企業とりわけ中小企業の金融に大きな痛手を与え、無用な倒産・失業を招くことになる。それは民間金融機関の合併統合ですでに証明済みのはずである。
8. 財政改革、社会保障改革、地方分権改革は、いずれも行政サービスの低下と国民負担の増加でしかない。すべて?の改革が国の歳出削減の一点に集約され、国民生活は改革どころか質の低下が著しい。しかも、その犠牲にもかかわらず、財政赤字は逆に拡大している事実がまったく無視されている。誤った改革路線は一刻も早く転換すべきである。
財政支出が増加していないにもかかわらず財政赤字が拡大の一途なのは、税収減少こそが元凶であると認識すべきである。増税や歳出削減は、国民経済の縮小を招き、税収を減少させ、逆に財政赤字を増加させる一方であることは、過去のデータが証明している。他の先進国が6%平均で成長している中で、日本が1%にも満たない名目成長しか達成できないのは、誤った政策の結果であり、この政策を続ける限り、プライマリーバランスの達成は不可能である。
輸出増という需要増加の結果、今年度の税収は大幅な増加が見込まれる。輸出増に期待できない今後は、それに代わる歳出拡大が必要である。然るに、国債発行を30兆円に抑制する政策を掲げ、そのために歳出を削減するのはまったく逆であり、経済悪化による財政悪化を招く誤りを繰り返すことになろう。
9. 「官から民へ」「中央から地方へ」が小泉改革の基本方針だが、そのためには、まず「何が官の役割」で「何が国の責務」であるかという国家運営の根本が明示されていなければならない。しかし、「郵政民営化」「道路改革」「三位一体の改革」などのいずれの改革においても、この点はまったく議論されていない。「改革」が国家百年の過誤となることを憂い、改めて「国の責務」について政権の見解を質したい。
たとえば郵政民営化においても、なぜ必要なのか、いかなる利便をもたらすのか、との国民の疑問が最後まで解けなかったことは、各種アンケート調査でも示されている。一方、民営化法案が、米国の「対日年次改革要望書」にそのまま応じたかのような内容であったことは、マスコミ報道がすでに明らかとしている。一体誰のための改革であったのか、という疑問に答える意味でも、国民に対する国家の責務についての見解を明らかにされたい。