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コラム
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安倍君の「修学旅行」
限られた期間でできるだけ多くの名所を巡る―日本人観光客の特質だ。それぞれの場所で何をしたかよりも、訪れた名所の「数」の方に価値が置かれる場合も多い。だから撮った写真の枚数では、決して引けをとらない。連休中の安倍首相の外遊は、この日本人の特質に漏れず、まさに駆け足だった。初めての訪米にもかかわらず、ワシントン滞在はわずか2日間にすぎず、その後の訪問国でも席が温まることはなかった。どうも成果を得るよりも、訪れたことに意義を見出そうとしているようだ▲前任の小泉首相の「卒業旅行」は「はしゃぎすぎ」の一言に尽きたが、今回の安倍首相の外遊はあまりにも表面的かつ形式的なものだった。国民の税金を数千万円、いや、数億円もかけた外遊だ。費用対効果を考えれば、明らかにマイナスだっただろう。本人たちは「有意義だった」と自画自賛するが、高校生の修学旅行の方がはるかに実を伴っている。記者会見であえてブッシュ大統領を「ジョージ」と呼び、その親密ぶりをアピールしてみたものの、パフォーマンスの域を出るものではなかった▲安倍首相が尊敬するという祖父・岸信介首相は、首脳会談で、アイゼンハワー大統領とかなり突っ込んだやり取りをしたという。それに比べ、その孫はどうであろうか。「二国間関係の重要性を確認した」「拉致問題解決の全面協力が得られた」と自慢げに話したが、求められたのは具体的な中身に他ならない。さらに、従軍慰安婦問題をめぐるみずからの発言の謝罪ばかりでなく、堂々と議会演説でも行い、「日本」をアピールしてもよかったのではないか。せっかく訪れたのだから、幅広い人脈も構築すべきだったはずだ。同じ短時間の滞在でも、先に来日した中国の温家宝首相は大きな成果を残していった▲就任から7ヶ月が経ち、ようやく安倍首相の思考が見えてきたかもしれない。それは「形」にばかりこだわることである。教育基本法の改正にしても、防衛庁の「省」昇格にしても、さらには今回の外遊にしても、「中身」には全く無関心だということだ。スポーツでも、新品のウェアや道具を揃えて満足する者はいる。だが、そうした連中にかぎって、満足にプレーすることはできない。楽しかったのか、それとも疲れたのか知らないが、次回があるのであれば、次の「修学旅行」はもう少し実のあるものにしてくれ、と国民は切に願っている。
(平成19年5月9日)
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