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コラム
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いつまで続けるのか「ポーズの政治」
とりあえず机に向かう―家庭訪問の直前、多くの小中学生たちが使う常套手段だ。机に向かってさえいれば、先生や親はひとまず安心するからだ。そういえば、一昔前、ワープロやパソコンに向かっていれば、「仕事をしている」と思われた時代もあった。この7ヶ月間の安倍政権を見ていると、小中学生たちの常套手段を連想せずにはいられない。国家国民のため、腰を据えて何かに取り組むというよりも、ポーズを見せることに懸命だからだ。確たる成果が示せないのも、ポーズばかりに終始しているからに他ならない▲たとえば、防衛庁の「省」昇格だ。「防衛省」にすることは確かに必要であった。しかし、それによって何が変わったのかが皆目見えてこない。「看板の架け替え」などと揶揄されるのも、このためだ。安倍首相肝いりの「再チャレンジ」も、掛け声倒れになりつつある。拉致問題も同じことだ。ファイティング・ポーズは見せるものの、何ら行動を起こすこともない。さらにいえば、「参院選に勝つため候補者を差し替える」と豪語したものの、やはり不発に終わっている▲安倍内閣になってひときわ目立つのが、審議会や○○会議の増設だ。かつて首長は、ハコモノさえ作れば仕事をしていると思われた。安倍首相もこれと似て非なる。「美しい国づくり」企画会議だの、アジア・ゲートウェイ戦略会議だの、とにかくハコモノが大好きなようだ。正体不明の教育再生会議なども、このハコモノの類である。ハコモノを増設するのも「ポーズ」の一種だが、これだけ増設されたにもかかわらず、やはり成果は表れていない▲もちろん審議会などを設け、議論をすることは結構なことだ。しかし、忘れてならないことがある。それは、官邸の住人たちも、また審議会の委員たちも、必ずしも国民の真のニーズを把握していないことだ。明日の資金繰りをどうしよう、子どもの授業料をどうしよう、といった基本的かつ切実な問題も、審議会では取り上げられない。だから国会に議論・検討の舞台を移し、国民の視点から取り組むべきだ。安倍首相が小学生なら、きっと担任の先生から言われるだろう。「安倍君、ポーズはもういいから、きちんと教室で勉強しなさい」と。
(平成19年4月25日)
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