与野党は、2年近くにわたって国民投票法案の議論を重ねてきた。必ずしもすぐに憲法改正に踏み切る必要はないものの、これまで国民投票法が制定されてこなかったことは、立法の不作為だったといってもよい。だから、与野党が合意を目指して議論を重ねてきたことは評価できる。特別委員会の委員たちも、純粋な気持ちで取り組んできたに違いない。法案を紐解くと、内閣に憲法改正案の提出権を認めないなど、最高機関としての国会の威厳も強く打ち出されている▲しかし、こうした国会主導の審議に水を差し、油揚げをさらおうとしている輩がいる。そう、安倍総理だ。「戦後レジームからの脱却」を掲げるのは勝手だが、特別委員会の苦労も顧みず、みずからの手柄にしようとする根性は許せない。あまつさえ、この問題を「政争の具」にし、憲法改正を参議院選挙の争点にしようなどとはもっての外だ。憲法改正は国会の権威で議論をすべき問題で、政権の権力によってゴリ押しすべきものではないはずだ▲みずからの「成果」を何とかつくり出したい焦りのあまり、安倍総理は一瀉千里にこの法案の成立を図りたい考えだ。だが、そもそも国民投票法案は、与党案も民主党案も、議員立法だ。内閣総理大臣といえども、国会の審議日程、それも議員立法の取扱いに口を差し挟むことは僭越の極みであり、三権分立の原則に大きく反する。国民投票法は安倍内閣のために制定するわけはないし、そうあってはならない。政権の都合のために拙速に制定されてしまっては、大きな禍恨を残す▲残念ながら、去る13日に同法案は衆議院を通過した。だが、まだまだ議論を重ね、合意を得なければならない箇所もある。だから、急いで多数決で決めるのではなく、参議院選挙後に時間をかけて合意を見出すべきではないか。参議院も内閣の言うままに可決してしまっては、カーボンコピー化にますます拍車がかかる。法案には一院制的な運用も透けて見え、すんなり通しては、参議院の自殺行為にもなる。一昨年の郵政国会で軽んじられた参議院だからこそ、国民投票法案では真の「良識」と「意地」が発揮されることを願ってやまない。
(平成19年4月18日)