|
コラム
|
低投票率を憂える
去る日曜日の統一地方選挙前半戦は、実に盛り上がりに欠けた。各地の首長選挙も議会選挙も、総じて低調だった。たとえマニフェストが掲げられても、「誰が当選しても同じではないか」「何かが変わるわけではない」といった冷ややかな意見も聞かれた。マスコミの事前予想で投票意欲を失った人もいるのかもしれない。不在者投票の要件が緩和されて久しいが、結果的に投票した人は2人に1人程度にすぎなかった▲確かに首長選挙や地方議会の選挙によって、地域の「明日」が大きく変わることは少ない。行政サービスが著しく低下したり、負担が恐ろしく重くなったりすることも少ないだろう。だが、北海道の夕張市の例をあげるまでもなく、首長や議会が判断を誤れば、住民は結果的に大きな迷惑を被ることになる。厳しくいえば、棄権をした人たちは、そうした危機感が希薄なのだ。もとより魅力と情熱のある候補者が少なかったことも問題だ。それは、各政党の責任であり、猛省しなければなるまい。無党派層の多さは、その必要性を物語る▲低投票率で最もほくそ笑んだのは、公明党であろう。宗教団体をフル活用し、候補者を全員当選させたのだから、「すごい」の一言に尽きる。歴史に「もしも」はあり得ないが、各選挙区での投票率があと10%高ければ、選挙結果は大きく様変わりしていたかもしれない。みずからが貴重な一票を行使しなかった影響は、短期的にも、そして中長期的にも確実に現れる。「無関心」「面倒くさい」では、到底済まされないのだ▲統一地方選挙は「参議院選挙の前哨戦」と位置づけられてきた。確かに各党・各候補者がしのぎを削る中から民意の動向が見られる、という意味では前哨戦である。しかし、来る参議院選挙の結果が与える影響は、比べ物にならないほど大きい。単純化すれば、小泉・安倍政治の路線、すなわち大都市・富裕層優遇の政策に「イエス」か「ノー」を選ぶ選挙だ。その大事な選挙でも低投票率ならば、選挙後にさらなる弱肉強食社会がもたらされ、負担増が強いられても、有権者の自業自得といわざるを得まい。無謀な改革を続けさせるのも止めるのも、国民自身なのである。
(平成19年4月11日)
|