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コラム
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小泉政治とは何だったのか
ついにというか、ようやくというべきか、小泉政治が終焉した。5年半の在任期間は歴代3位だという。だが、5年前に比べ、果たして国民の生活は豊かになっただろうか。安全や安心は高まっただろうか。色眼鏡を外し、冷静に考えてみる必要がある。そもそも5年半の長期政権であったにもかかわらず、小泉内閣は大きな足跡を残したわけではない。議会制民主主義を踏み躙(にじ)る手法で郵政民営化法を成立させただけだ。長きをもって尊しとせず―在任期間の割に、中身の全くない政権だったといえよう。たとえ記録に残るとしても、人々に記憶には残るまい▲景気回復を小泉政権の「功績」としてあげる者もいる。確かにIT企業を賞賛し、ヒルズ族を増産したことは事実だ。だが、地方の現状を見たら、嘘でも景気が回復しているとはいえまい。株価がやや持ち直しているのは、米中両国の好景気、そして民間のすさまじいリストラ努力のお蔭だ。小泉政権は経済に対しても全くの無策だったことは、多くの識者が認める。その結果が、今日の格差社会であり、地方の疲弊に他ならない▲高い支持率をもって、小泉政権の「功績」を讃える者もいる。5年半にわたり、内閣支持率が高水準で推移したことは間違いない。だが、下手な歌手でも高い人気を誇ることがあるように、支持率は必ずしも政策を映し出す鏡ではない。政治を劇場化させ、パフォーマンスで国民の拍手と喝采を浴びてきただけだ。同じ時期に就任したタイのタクシン首相は、地方や弱者に「パン」を配って高い人気を集めたが、小泉政権は「劇団」を率い、「サーカス」に終始した。だから、この5年でわれわれの生活が本当に豊かになったか、安全・安心が高まったか、もう一度冷静に考えてみる必要がある▲国民の多くが錯覚に陥るのは、彼がワンフレーズであまりにも多くの目標を口にしたためだろう。だから、あたかも実現されたような幻想を抱く。しかし、財政再建にしても年金制度の改正にしても首相公選制にしても、何も解決されてない。中途半端どころか、口先だけで着手すらしなかったものも実に多い。たとえば国連安保理の常任理事国入りを目指したのであれば、せめて先の国連総会に出席し、「有終の美」らしきものを飾るべきだったのではないか。プレスリー邸を訪れて踊り狂うよりも、はるかに国益に資したはずだ。人気を維持することがすべてだった―小泉政権の5年半は、この言葉に集約されよう。
(平成18年9月27日)
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