手品師は、観衆の注目と関心を逸らさせるから成功し、拍手を浴びる。観衆が凝視していては、瞬く間に仕掛けがばれてしまうものだ。日常生活でも、これと似て非なることは少なくない。別のことに関心を奪われている間に、重大な出来事を見逃してしまうことは往々にしてある。為政者の中には、あえて目くらましを巧みに使う者もいる。典型は、やはり小泉首相だろう。この5年半、たくみに奇術を用いてきたからだ▲去る21日、政府はドミニカ共和国への移民政策について「政府として率直に詫びる」旨の首相談話を決定し、その後、小泉首相は損害賠償請求訴訟の原告団と直接会い、謝罪を伝えた。これ自体に問題はあるまい。だが、その日の閣議では、来年度予算の概算要求基準(シーリング)が了解され、基準額は9年ぶりに47兆円を下回ることになった。公共事業費は今年度よりもさらに3%削減される。のみならず、歳出削減の方針は、これから5年間も続くという▲厳しい財政状況に照らせば、無駄の削減や予算の効率化は不可欠だ。だが、最近の豪雨による大災害からも分かるように、生活環境やライフライン、防災のために必要な公共事業は、まだまだある。基盤が整備されれば、助けられる命、防げる災害は実に多いのだ。予算を切り詰めるために国民を不安に陥れ、危険に晒すことは、どう考えても合点がいくまい。これでは国家は「不作為の罪」を犯すことになる▲さらにいえば、現内閣は公共事業を「悪の権化」のように位置づける。だが、予算を削っても何も生まれないが、公共投資による景気の浮揚、そして税収増は十分に可能だ。寂れた地方も、息を吹き返す。防災対策の上でも、景気対策の上でも、公共投資は必要であり有効なのだ。マイナス・シーリングに疑問を抱いては困る――今までの小泉首相の行動パターンから判断すれば、国民の目を逸らさせるため、あえて同じ日に原告団と会ったのだろう。だが、もう国民は〈小泉マジック〉には引っかからない。
(平成18年7月26日)