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コラム
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格差問題を考える
先週金曜日、通常国会が閉幕した。思えば今年の1月、小泉首相は「改革の総仕上げ」だと意気込んでいたが、予算と行革推進法を成立させただけで、多くの課題は先送りにされた。のみならず、政権を担った5年余りの期間を総括することもなく、さっさと国会を後にした。延長しなかった責任を野党にかぶせ、心はもはや外遊モードのようだ。米国産牛肉の輸入を再開し、ブッシュ大統領に褒めてもらいたいのかもしれない。まるで使いをして親に褒美をもらう5歳児のようだ▲しかし、このまま小泉首相を去らせていいのか。「改革」という名の鉈で既存の秩序をぶち壊し、中途半端にしたまま去らせてもいいのか。昨年の国会では、郵政事業の民営化はバラ色の世界をもたらすかのように唱えていたが、すでに地方の郵便局は切り捨てられ、利用者からは悲鳴があがっている。一事が万事の喩えではないが、このような不具合は枚挙に暇がない。北朝鮮との交渉も、詰めが甘かったから愚弄され、解決に至ってない▲横紙破りの方法が奏功して、部分的ながらも、小泉首相によって「改革」が進んだことは認められる。しかし、改革は、当然のことながら「日なた」だけでなく、「日陰」を伴う。日なたばかりを見て、日陰に目をつぶってきたからこそ、歪みも綻びも出はじめている。規制緩和を推し進め、効率主義と拝金主義ばかりを奨励した結果だろう。改革の負の側面を憂えた者たちに「抵抗勢力」のレッテルを貼り、聞く耳を持たなかったツケでもある。このため、ポスト小泉をにらみ、自民党内に「再チャレンジ」を掲げる動きがあるようだ▲だが、国民が求めている格差是正は、こうした「敗者復活」と大きく異なる。所得の高低ではなく、流す汗の量で真価が測られる社会の実現こそ、格差是正への第一歩なのだ。違法行為を犯しながら「金儲けは悪いことですか」と平然と言ってのける人よりも、汗水垂らしながら、コツコツと地道に仕事に打ち込む人の方が高く評価される社会こそ、必要なのだ。「濡れ手で粟」の喩えのように、たまたま知り合いがいて、1000万円が倍になって戻ってくる投資ゲームに日銀総裁が参加できないようにすることもまた、格差の是正に資する▲国民にとって格差問題は大きな関心事であり、一人ひとりも、そして各地域も深く関わるものだ。国民全体の価値観を左右するものでもある。だからこそ、この問題だけは先送りにすることなく、また論点をすり替えることなく、国会で堂々と本質の議論をすべきではないか。通常国会が閉会になったとはいえ、7月・8月に臨時国会を開くことは、十分可能である。
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