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コラム
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サムライ・ブルーの次なる戦いに期待する
あえて評論家に徹してみる。そう、12日に行われた、ワールドカップにおける日本の初戦についてだ。睡眠不足になりながらも、手に汗し、ときには歓声と落胆の声を上げながら観戦した人も多いのではないか。視聴率は5割に及んだという。「このままいけるかも」「このままいってほしい」――ハーフタイムに誰もが抱いた思いのはずだ。しかし、まだまだ緒戦とはいえ、試合結果は「残念」の二文字に尽きる▲以前に比べ、日本人選手の体型は間違いなく「国際水準」になった。ヘディングで競り合っても、決して負けはしない。ヨーロッパのクラブチームで活躍する選手が多いなど、技術力でも遜色はない。しかし、古い言い方かもしれないが、最も必要なことは精神力であり、魂の力だろう。体力と技術力があっても、精神力が脆ければ、たちまち相手につけ込まれる。うぬぼれや油断は、弱い精神力の表れだ▲そういえば、江戸時代、剣術で勇名を馳せた宮本武蔵の流儀は、二天一流だった。その極意は、微動だにしないこと、すなわち強固な精神力にあったといえる。右往左往したり、右顧左眄(うこさべん)したり、さらに心に迷いが生じれば、相手との勝負以前に、自分に負けてしまう。もとより焦りや油断も禁物だ。巌流島の決闘で、佐々木小次郎が敗れたのも、冷静さを失ったからだといわれている▲翻って、オーストラリア戦をあえて厳しく見るならば、いくつもの敗因が考えられよう。「不思議な勝ち」はあっても、「不思議な負け」はないものだ。たとえばサムライ・ブルーに油断があったようにも思える。前半で1得点を上げ、そのまま逃げ切れるのではないかといった油断と楽観だ。心の隙はプレーにも表れる。「選挙とは投票箱の蓋が閉まるまで」といわれるのと同様、試合は終了の笛が吹かれるまでだ。途中で気を抜けば、もう一人の自分に負けてしまう。サムライ・ブルーの次なる戦いでの善戦を祈りつつ、日々のみずからの心に隙はないか、油断はないかを考えてみるのも悪くはない。
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