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コラム
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消え行く「母の日」「父の日」
「母の日」に比べ、「父の日」の認知度はいま一つ低い。母の日の花がカーネーションであることは広く知られているが、父の日の花がバラであることは意外に知られてない。しかし、「父の日」が始まったのは、「母の日」とほぼ同じ20世紀初頭である。1913年に「母の日」が米国議会で採択されたのに続き、1916年頃には「父の日」も認知されるに至ったという。もっとも、実際に祝日になったのは1972年になってからだ▲わが国では、はやくも大正初期から「母の日」が拡がりをみせたが、「父の日」が普及するのは1950年代になってからで、この時間差が認知度の違いの一因かもしれない。だが、母の日も父の日も、親への感謝の気持ちを表すために設けられたものであることに変わりはない▲「母の日」も「父の日」も、小さな運動がやがて大きな運動になり、社会全体を動かした点では同じである。さらに重要なことは、そうした国民の声に呼応して、当時のW・ウィルソン大統領が親への感謝の気持ちの大切さを諭したことだ。近代化の過程で失われつつあった、家族の絆や親への感謝の念を、いま一度取り戻すことを求めたのである▲翻ってわが国の場合、儒教思想も手伝って、敬老や親孝行は誇れる価値観であった。それは単なる精神論の域を超え、制度としても見事に確立されてきた。都市の繁栄を地方や農村にも「おすそ分け」する地方交付税などの中にも、儒教や思いやりの精神が色濃く残る。この「親への仕送り」の制度が奏功して、わが国の共生と共栄は維持されてきたのだ。しかし、たとえばこの5年だけで地方交付税は5兆円近くも削られ、地方は明らかに切り捨てられている▲制度だけでない。拝金主義と自己中心主義で社会も人間も病んでいる。本来、社会が間違った方向に向かおうとするのを正すことこそ、政治の要諦だが、この5年間、支え合う、助け合う、さらには孝行よりも、他人に勝ち抜くことばかりが美徳とされ、政府に奨励されてきた。思いやりの制度、思いやりの心が喪失すれば、いずれ「母の日」も「父の日」もセピア色を帯びることになるだろう。
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