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コラム
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教育基本法改正を「政治の道具」にするなかれ
先週、与党の協議会で教育基本法改正案の概要がまとまり、今国会に提出されるという。遅きに失した感は拭えず、また肝心の「愛国心」の三文字が日の目を見ないなど、国家百年の大計を形作る法改正にもかかわらず、自民党の大幅な妥協と譲歩の跡が見受けられる。だが、それでも「伝統と文化を尊重」、「我が国と郷土を愛する」といった文言が盛り込まれている点では、一定の評価を与える国民も多いだろう▲しかし、ここで注意しなければならない点がさしずめ二つある。一つは、同法の改正と教育改革は決してイコールではないということだ。今国会で成立するか否かは現時点では不確かだが、仮に成立したとしても、それを以って教育改革が実現するわけではない。教育基本法は、あくまでも精神規定の類である。真に思いやりを育む、つまり「徳育」のためには、国民や地域の声に十分に耳を傾け、さまざまな制度を見直していかなければならない。たとえば、実際にどのように伝統や文化を尊重していくのかといった問題には、まだまだ手もつけられていない。もっと幅広く、国民の権利と義務との関係で、教育問題を煮詰めていくことも必要とされよう。同法の改正だけで満足するのは、「序章」だけを読んで感想文を書くに等しいものだ。「在任中に教育改革を実現した」と豪語されては、国民が迷惑する▲もう一つは、この改正で論点がすり替えられる恐れだ。ライブドア事件に代表される錬金・拝金主義者の犯罪の一因が、歪んだ教育に求められることに異論はあるまい。だが、それはあくまでも「一因」であって、その因子を育て、励まし、賞賛したのは、他ならぬ小泉自民党である。偽メール問題であやふやにされたライブドア事件だが、堀江貴文前社長を「わが息子です、わが弟です」と絶賛した応援演説を、われわれは決して忘れてならない。教育基本法を改正しても、免罪符を手に入れることにはならないのだ▲教育基本法を見直されなければならないことは当然だ。だが、そこから透けて見える小泉自民党の思惑にも、しっかり目を見開いておく必要があるのではないか。
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